オーダースーツへの憧れ13
2008年08月01日
自分自身にとっての青春というか、
頑張ってた時期ってのはかなり遅いかもしれないが、
今思えば1992、93年の22、23歳くらいのこの時期だったような気がする。
会社の友人や昔の友人達も
雑誌やフリーペーパーやクラブのチラシなどを見て、
バンド活動を知ってもらったことがあったり、
CDはタワレコやHMVではまあまあ大きくコーナー展開してたので、
ちょっとした訳の分からないような優越感を生まれて初めて感じてた時でした。
調子に乗れてないのに乗ってるような気になってたかも(笑)
またサブローシローって漫才師のシローさんって方が
バーテンしてた店がアメ村の三津寺会館にあって
何故かそこでバンドのミーティングをしたりしてた。(笑)
シローさんは当時吉本と喧嘩したとかで辞めてた頃で、
よくカウンターの中で物真似をしてたな~
かなり西川きよしとか…滅茶苦茶旨かったのを覚えてる。
またこの頃ハウスやテクノの人気以外に、
UFOというアーティストがアシッドジャズをやっていて、
プラネットプランなどのスーツを着ていたので、
自分の日課であるスーツ作りもさらに楽しくなったような気がした。
何より流行りとか、カッコヨイと雑誌で言われてたモノに
影響されやすい体質でしたから。(笑)
若気な感じで
関西ではいち早くタトル&ダイナモやDJタケムラが
そんなジャズっぽいトラックを作り出してた頃です。
格好まで真似しないのがある意味大阪らしくて良いね!
その頃タトル&ダイナモがあの河内音頭で有名な
河内家菊水丸とコラボして、コロンビアからシングルを出したんだけど、
二曲目がDJタケムラだった。
メジャーからアルバム出そうだったけど、
結局出なくて、1年半位してから大日本昆虫記ってアルバムが、
インディーズ発売してました。
ちょっとタイミング悪くて彼らなりに不本意だったと思いますが、
そういう近い友人とかがジャズとかバングラビートだとかって
新しい音楽を追求してたのが互いに影響を与えたりして、
音楽活動的にも良いバイブレーションになっていた時期だと思います。
続く
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